ちわきにくおどる

そんな気持ちにさせてくれ

【SS】ユニコーン来たりて

 

 伝説の生き物ユニコーン。額に一本の角が生えている馬でその角には毒を清める力があるという。非常に凶暴だが処女には懐くという性質がある。一角獣とも呼ばれる。

 

 長い間、ユニコーンは伝説上または想像上の生き物として語り継がれてきた。だが20年ほど前に突如、その姿を現すようになった。初めて現れたのは23年前のフィンランドの片田舎に住む26歳の女性の家の庭先であった。彼女は処女であった。

 ユニコーンは聖書や神話の通り、非常に獰猛でその女性以外の人物が近づこうとすると角や後ろ足で攻撃をしてきた。ユニコーンが攻撃をしなかったのはその女性のみで、正確な対処がわからなかった当時は5名の死傷者が出てしまった。

 当然だが、この事件は世界的に注目されることとなり、初めてユニコーンに出会った彼女は世界中から訪れる取材陣と世間の目に耐え切れず精神を病み、服毒によって自死を試みるも皮肉なことにユニコーンの角により体内の毒は浄化され命はとりとめたものの精神がまいってしまい、精神病棟で治療を受け続けている。

 

 その2年後、今度はモルディブのリゾートで住み込みで働く16歳の少女の前に別のユニコーンが現れた。彼女も処女であった。

 前回の悲劇を踏まえ、政府や諸外国が慎重に対応をしたおかげで死傷者を出すことはなかった。しかしユニコーンは相変わらず非常に獰猛で少女以外の人間が近づくことはできなかった。

 モルディブの少女は好奇心旺盛で活発な人物であったため、ユニコーンを恐れることもなく、ともに生活を送り、取材にも快く応じていたため、ユニコーンの生態に関する情報を集めることができた。

 その翌年には中国とカタールで、その次にはエクアドルとドイツとオーストラリアで、その次にはギリシャで……。と毎年どこかの国にユニコーンは現れた。科学的には何も解明されていないが動物学的にはだいぶ解明されてきた。日本にも10年前と4年前と1年前にそれぞれ、愛知・長野・福島にも出現した。

 

 ユニコーンについて今現在解明されているのは、処女の前にしか現れず最初に訪れた女性以外には懐かない。最初に訪れた女性以外で攻撃をしないのは処女だけである。彼らの寿命は23年以上である。ユニコーンが去るのは懐いた女性が死んだ時だけであり、どこへ帰るのかは不明。もちろんどこからくるのかも不明。懐いた女性とは多少のコミュニケーションが取れる。彼らの角は浄化作用があり、それはとても強力で周辺地域であれば環境汚染も改善する。彼の角は人の精神にも作用するらしくその女性の住む街や村は犯罪発生率が下がり治安も安定する統計も出ている。ユニコーンが背に乗せるのは懐いた女性のみ。空を駆け、己の意思で物体を通り抜けられる。食事と排泄はしない。水浴び等をしなくても清潔感は保たれている。体に不調が現れるのは懐いた女性が身体的あるいは精神的に不調に陥った時のみ。

彼らの目的は不明。

 

 20年前はユニコーンの生態を調べようと多くの生物学者たちは、彼らを捕らえるために苦心をしたが負傷者を増やすばかりで結局のところ観察と研究に協力的な女性に頼るのが一番効率が良い、ということに収まった。生態に関しては少しずつ明らかになってきたが彼らの目的はいまだ何もわかっていない。存在自体が超常現象なのだから、すべての謎を解き明かす頃には地球自体なくなっているかもしれない。

 

 そんな自分らに研究熱心な人間たちには目もくれず、ユニコーンたちはどういう基準で選んだのかもわからない各々が気に入った女性に夢中であった。現在ユニコーンが懐いている女性は、最年少が12歳のイギリス在住の少女、最年長は71歳のスイス在住の女性である。研究では処女の元に2~5%の確率でユニコーンは現れるらしい。年々現れる頭数は増えており、この確率は今後さらに上がるかもしれない。 

 処女と聴くと10代の少女を思い浮かべる人が多いかもしれないが、ユニコーンが一番出現するのは20代後半から40代手前の年齢層に多い。最年少は12歳だが、一番現れる可能性が低いのは10代という統計になっている。

 

 これは多くの成人を過ぎてなお性交経験のない女性たちの新たな希望となった。ユニコーンが現れると角の浄化作用により自然環境が改善され、経済発展も望めるため多くの国や自治体がユニコーンが懐いた女性に援助を申し出た。方法は団体よってそれぞれだがほとんどが生活支援だった。ユニコーンは特に世話の必要のない生き物なので周囲が想像するより生活に支障のでることは少ない。それでもユニコーンの持つ力を統治できる範囲に留めておきたい政府は金銭的支援をすることで彼女らをその地に引き留めた。

  他の市民から不満の声がでないよう個人に合わせ、良識的な金銭であったとしても人より多くもらえるものは誰だって嬉しい。それが長い間、マイナスのイメージを持たれてきたものであればなおさらである。長年のコンプレックスが肯定された、ともいえる。もちろん全員がこのような捉え方ができるわけではなく、自身が処女と世間に知られてしまうことが嫌でユニコーンの存在を隠そうという人もいるし、ユニコーンを拒否する人もいる。

 ユニコーンに見初められたからといって世間の目が変わることは少なく、20年近くたった今も成人で性交のない物は公の場ではないがやはり嘲笑の的になることもある。

 むしろユニコーンの出現が20代から30代の処女にとっては大きな悩みとなってしまった。ユニコーンが現れる可能性は決して高くない。生涯遊んでくらせるわけではないが援助によって生活に困ることはない。20年以上前ならば、己のコンプレックスを打破するために酒の勢いなどで処女を捨てることがよくあった。しかしいつか自分の元にもユニコーンが現れるかもしれない望みを抱く者にとっては己の人生を左右するものになった。

 かといってユニコーンの出現の可能性が極めて低いことから、女性の貞操観念が強くなることもなかった。少しだけ高齢喪女と呼ばれる女性の心の拠り所ができたくらいで成人女性の処女が肯定されたわけではない。

 人間の価値観とは十数年で変わるものではないのだ。

 

 

 

 

 

 と、まあ私が生まれた頃から始まったこの超常現象とは無縁の人生を歩んできた。

 生まれてから25年間、彼氏はいたこともなく告白されたこともなく告白はしたが二回とも振られ、恋愛とは無縁の人生を歩んできた。 

  二回目に振られた辺りから、夜道で変質者に遭遇し通学電車で痴漢に会い、クラスの男子に告白して振られたことを大声で話され容姿を馬鹿にされ、バイト先の社員にセクハラに近い嫌味を言われなどなど連続して非常に卑下た男たちに出会ってしまったために男性というものが苦手になってしまった。

 

 けれど性欲がないわけではなく、好みの男の子を見ると付き合いたいと思う欲望はあった。しかし学生時代に容姿を褒められるどころか見下されてきた身だったので、自分からアピールすることはなくなった。そうなるとますます男性とは疎遠となり、社会人となった今も彼氏はいない。

 

 そして約一年前、わたしは久しぶりに好きな男性ができた。

 古手川コウキくんだ。

 

 俗にいう若手俳優で、舞台を中心に活動しているため世間の知名度は低い。知っているのはわたしの周りにいる同じような若手俳優オタクの友達くらいだ。

 一目惚れではなかったが、初めて観た舞台で気になり、気になるので次の出演舞台も観に行き、その次も観に行き、イベントにも行っているうちに役者としてではなく一人の男性として好きになってしまった。

 寝ても覚めても朝から晩まで、彼のことを考えていることに気付いてからのわたしの行動は早かった。まるで今まで一度も恋人をつくるために行動していなかったエネルギーが溜まりに溜まって発揮されたようだった。

 

 まずネットで彼に関する情報を集めた。不正ログイン等をしてはいないのに彼の現住所と学生時代の友人と、よく行く飲み屋を知ることができた。

 その後は自分で調べた情報と買い集めた情報で人脈づくりに勤しみ、同じ目的を持っている他の若手俳優が好きな友達をつくりネットワークを広げた。

 

 出演している舞台全ての日程を観劇しながら、時間のある限り、ありとあらゆる手を尽くした。何度か彼がいないと知りつつも人脈のために関係者との飲み会に潜り込み、少しずつ彼と縁のある人物に近付いた。

 彼氏がいたことのないわたしが男性の気を引き続けるのは難解だった。好きではない男性に対して愛想を良くするのは、苦痛でしかなかったが精神を病まないよう割り切りひたすら来る日も来る日も連絡を取り続けた。

 

 ルール違反とわかっていても、ひたすら彼の存在を追いかけた。彼のかけらを集めて集めて集めて集めて集めてつないでまた集めて集めて形にして集めて集めて集めて集めて集めて集めて集めて、今日に至った。

 

 LINEを開いて、新しく追加されたグループトークのメンバーから一つのアカウントのホーム画面に飛ぶ。ブランド物のブーツのアイコンに「KKK」という名前のアカウント。「KKK」。「''K''OTEGAWA ''K''OU''K''I」。コウキくんのアカウント。

 

 コウキくんのLINEアカウントだ。プライベートの。

 まぁ、公式LINEアカウントはないのでオフィシャルもプライベートもないが。

 

  自分のスマホの中に大好きな人の連絡先が収まっている。

 その事実がたまらなく嬉しい。

 受験や就職が決まった時とは比べ物にならない幸せを感じる。

 

 だって、指先ひとつで大大大好きな人の元へ直接言葉を届けられるのだ。

 それがこの手の中に納まっている。

 

 やっとここまできた。

 あとは慎重に距離をつめて、いかに親しくなるかだ。

 

 彼の連絡先を手にいれた今、なんでもできる気がした。今、世界で一番幸せなのは自分だと思った。 

 

 最寄り駅について改札を出た後、わたしは人目もはばからずはしゃいで「やったーーーーー!!!」と叫びながら駅前の大通りを走った。

 500mほど走ると息が切れたので、そこから先は浮足だった足取りで歩いた。終電間際の駅前は人が少ないため、多少ふらふら歩いても人にぶつかることはない。

 住宅地に入ると、鼻歌を歌いながら歩いた。小道に入り二つ目の角を曲がると住んでいるマンションがある。

 

 スキップを踏みながら角を曲がると突然目の前が明るくなった。

 

 あまりの眩しさに立ち止まり目を細めた。

 すぐに光は弱くなり、目の前に2mくらいの何かが現れて立ちはだかった。

 徐々に目が慣れると立ちはだかっているものの正体がわかった。

 

 ユニコーンだ。

 

 それはカポカポと蹄を鳴らし、わたしに近付いて肩に顔を寄せた。

 数秒、わたしの右肩に顔をこすりつけてから首を上げると、わたしを見下ろしながら鼻を鳴らした。

 

 わたしはただ茫然とユニコーンをみつめ、18年前の事件を思い出していた。

 

 ユニコーンに懐かれた女性が、ある男性と恋に落ち結ばれた。恋人同士となり処女を失った結果、その女性は憤慨したユニコーンに角で滅多刺しにされた。

 

 わたしは右手にスマホを握りしめたまま、ユニコーンの角をただただ見ていた。