ちわきにくおどる

そんな気持ちにさせてくれ

オートフィクション~早朝のパウダールーム~

 

車内アナウンスの到着案内で目覚め、早朝のバスターミナルに降りる。

先ほどまで夜行バスの座席で寝ていた寝ぼけまなこで運転手さんからキャリーを受け取る。約30m先にあるラウンジまで歩き出す。少し冬の名残を含んだ空気が肌をなでていく。冷たい空気のおかげでだんだんと頭が覚醒していくのを感じる。

 

朝の空気は新鮮だ。例え都会の排気ガスがまん延した駐車場のど真ん中でも澄んでいるように感じる。一日の始まりだからだろうか。

まだ活動している人が少ない駅周辺はとても静かだ。でも同じバスに乗ってきた人は同じようにラウンジを目指して一緒に歩いているし、出勤であろう人もいるし、部活向かうのか予備校に向かうのか学生もちらほらいるし、レジャーに出掛ける雰囲気の人もいる。静かだけれど、遠くから人々が身支度をしている音が聞こえる。朝にしか聞けない静寂の中に混ざる雑音が好きだ。

そんな静寂の中の雑音にキャリーケースを引きずる音を加えながらラウンジに着いた。

 

パウダールームを借りる申込みをして、一緒にコテを借り、タイマーをもらう。

朝の混雑時には30分しか使用できないためカウンターでタイマーのスイッチを押された瞬間に戦いのコングが鳴る。

鏡前を選んでキャリーからメイクセットを取り出し、洗面台で顔を洗う。普段なら半分寝ながら行うため動作は緩慢だがこういう時は迅速に動ける。なにせあと25分でメイクとヘアセットを行わなければならないのだ。歯を磨いている間に肌に美容液を染みこませ、再び鏡前に戻る。椅子に座りコンセントにコードを刺してコテを温める。前髪をピンで軽く止めて化粧をしていく。平日には時間短縮のためにやらないコントゥアリングを施し小顔を目指す。アイメイクはいつも無難なブラウンを選んでしまうのでたまには違うカラーメイクを試してみたくなるが失敗が怖いのでやはり今日もいつも通りの現場用メイクにした。というか必要最低限のものしか持ってきていないので、アイシャドウはブラウンしかない。違うメイクは友達と遊ぶ時などに試せばいいのだ。普段より時間は少ないけれど、普段よりていねいに目蓋にグラデーションをつくり、普段よりていねいにアイラインを引いて目ぢからがつくようにし、普段よりていねいにマスカラでまつげを伸ばしていく。平日では滅多につくらない涙袋も描いていく。コテが十分に温まってきた頃合いになったので髪のセットに作業を移行する。ミックス巻きをして顔周りの髪を少し残し、ハーフアップにまとめた。ヘアメイクを予約する時もあるが今月は2度目の遠征なので今回はなしにした。前髪に慎重にカールをつける。一番印象が決まりやすい箇所なので前髪をセットする時はいつだって真剣勝負だ。ここで今までのメイクが無駄になることもある。人から見たらそれほど変わらないと思うが自分の理想の前髪にならないと全てのバランスが崩れてとんでもなくブスに見えてしまう。出掛けたくなくなることもあるし、一から全てやりなおしたくなることもある。今日はきちんと思い通りのカールがついた。程よく丸みを描いた毛先が眉の位置できれいに並んでいる。なかなかに良い。崩したくない部分にケープをかけて形状維持を施す。最後にヌーディ―ピンクのティントリップを塗る。タイマーを見ると【0:22:36】。好タイムだ。

 

「量産型になりたくないんだよね」荷物をまとめていると準備が終わり集中力が切れたのか、隣の女の子が友達にそう話しかけている声が耳に入ってきた。顔を動かさないように視線だけで、ちらりと声のした方を見る。ブルーの入った黒髪にワンレンショートカットの女の子が赤いマットリップを塗っていた。そのメイクはそれはそれである種のカテゴリに属している量産型のような気もしたが、確かに彼女のようなファッションの子はわたしがよく行く場所では少ない。

ふと手を止めてパウダールームを見渡す。10人前後の女子たちが思い思いの服装で思い思いのメイクをして思い思いの理想とする自分をつくり上げていた。

自分の好みのファッションでも相手の好みのファッションでも、なりたい姿になるためにせっせといろんな道具を使って自身を造形してしていく女の子たちがけなげで可愛らしくて愛しくなった。

 

一瞬止めた手を再び動かし、残り時間で荷物をキャリーケースに詰め込むと、最後に鏡で全身を確認してパウダールームを出た。