ちわきにくおどる

そんな気持ちにさせてくれ

【SS】ブルンヒルデ・コンプレックス

 

ʚ♡ɞまころʚ♡ɞ(ハンドルネーム)は自然と目を覚まし、ベッドにあるデジタル時計を見た。朝の5:20であった。

隣にいる男は未だ熟睡している。起きる気配もない。

そっとベッドから抜け出しカバンに入れていたスマホを手にし、再びベッドに戻る。

音のしないカメラアプリを起動し、男の寝顔を10枚ほど撮る。再び彼の隣に寝て髪を整えてツーショットをまた20枚ほど撮った。

SNSの通知が何件かきていたが急用はないのでカバンに戻した。

 

「ただの男なんだね」

 

抑揚なく呟いた短い言葉を彼女以外に聞いている者はいない。

寝ている男に寄り添うと、起こさないよう彼の髪の表面を撫でる。細い髪がぱらぱらと流れる。2回ブリーチされ、ほぼ白の淡い金髪は薄暗い部屋の中でわずかに発光しているようだった。そろそろ茶髪にしないかな、とまころは思った。

 

男の寝顔を見ながら昨晩のことを思い返す。

 

あれだけ待ち望んでいたはずのキスがそれほど良くなかったことに軽くショックを受けた。ホテルに入るまでつないでいた手は男の人にしては柔らかく、ほどよく暖かくて、そちらの方が気持ちが良かった。

手で触れられた方が心地よいのかも、と思ったが身体のあちこちを触られても快楽は薄かった。他の男の人と比べたら多幸感はあったものの、快楽の薄さに気持ちが冷めていくのがわかった。

期待値を上げ過ぎていたのだ。

中の下の容姿だからフェラしないといけないだろうな、と思いながらベッドに入ったがその必要はないほど彼は興奮していた。結局、口淫をしたけれど勃たせるためではなかったので、覚悟していたより短時間で終わった。

 

肌がぶつかる音、体液が混じりあう音、ベッドのスプリングがきしむ音、細かいテンポを刻む呼吸音、小さいうめき声、リップ音。

耳にへばりつくようで不快だった。全知全能の神様のような存在であるはずの彼が人間の男であることを何度も何度も繰り返し、しつこく教えられているようで。彼が人間の男で、だいたいの女相手なら性欲を抱ける人物であることを目の前に突きつけられているようで。彼が絶対無敵で宇宙一顔がいい見てるだけで幸せでスーパーすこすこな超絶かっこいい輝く眩しい大しゅき推しぴではなく、ただの人間のオスであることを証明しているようで。

ノーメイクで無防備に寝ている顔を至近距離で眺めていると昨夜の性交中の音が再び脳内で再生される。

 何日で忘れられるだろうか。なるべく早く忘れてしまいたいけれど顔を見る度にしばらくは昨夜のことを思い出すだろう。

 

あれほど望んでいたものだったのに、実際に行為におよぶと他の男性と同じく快楽だけを求める非生産的な繁殖行為が滑稽なお遊びにしか見えず、夢心地のような享楽もロマンティックな悦楽もなかった。

こんなに好きになる人は彼以外いないと思っていた相手でさえ、性欲を持っているという事実だけで自身の感情が冷めるとは思っていなかった。こんなに大好きな人とするのだから、ものすごく幸せなセックスができると信じていた。

 

でも実際は他の男と同じような性欲を持っている事実を知っただけだった。

 

結局、まころが魅力を感じるのは一線を隔てたステージの上にいる人間性を感じないアイドルとしての彼だけだったのだ。

 

世間はセックスを恋人同士の営み、愛情表現として讃えているので好きな人とすれば素晴らしき甘美な世界が待っていると思っていた。告白されたからなんとなく付き合ってなんとなく彼氏だからする、またはお金や手段のためにするから快くないのだろうと、いつも天井を眺めながら彼女は思っていた。

だから、キューピットに矢で射貫かれたような衝撃的な恋に落ちた彼なら、毎日のように見ても出会った時と同じくらいときめく彼なら、どんなに手紙を書いてもリプを送ってもプレゼントをあげても好きな気持ちが溢れて止まらない彼なら、来てと言われたらいつでもどこでも飛んで会いに行かずにはいられない彼なら、気持ちよいのだろうと思っていた。

 

だがこんなにも時間とお金と労力をかけて手に入れたものは、ただただ彼女の人間としての感受性の欠陥を知らしめるだけであった。

 

寝ている彼の肩に顔を乗せる。少し開いた口から呼吸音を聞こえてくる。首元に顔を寄せる恰好になったためか男性特有の体臭がした。嗅ぎなれた香水ではない臭いで、プライベートだから嗅げた臭いではあるが全く嬉しくなかった。

自分も四六時中香水の匂いをまとうことはできないから、体臭があることなど理解している。こうして彼の傍にいればいるほど、男性としての性を感じ取ってしまいどんどん彼がただの男に成り下がっていく。

 

軽く咳払いをした彼の目蓋が動いた。彼の目が開くと同時にまころは寝たふりをする。隣でごそごそと体の向きを変える振動が伝わってくる。赤黒い暗闇の中で自分と彼が向き合っている姿をまころは思い描く。腰に少しだけ重さが加わった。布団の上から彼が腰を抱いている。腕の重さも温度も不快が張り付いているとしか感じず、目蓋の奥でまころは泣いた。