ちわきにくおどる

そんな気持ちにさせてくれ

【SS】無感情

 

 

 

 

あーーーーー。まずったな。こりゃ。どうしよう。

 

 

とは思うものの、どうしようもないし、どうにかしようとも思わない。

むしろ隣でバツが悪そうにしているおじさんの方が内心焦っているだろう。さっきまでピタリと体をくっつけるようにして歩いていたのに、姉に声を掛けられた瞬間すっと人ひとり分くらいの距離を空けた。

さっきは自分から駅まで行こう、と言ってきたのに、それじゃここで。と青に変わった反対方向の横断歩道に向かって歩き出した。

「またね~」と言いながら手を振ると姉の顔を見て、へこへこして去っていった。

 

姉はあきれた顔をして、近づいてくるわたしを見ている。何してたの?と聞くとこっちのセリフだよ、とだけ言い、それ以上何も聞かなかった。

 

「あんたには何言っても無駄だから注意しないし、お父さんにもお母さんにも言わないけど、かばいもしないからね。聞かれたらあんたが何してるのかも隠さないし、自分が知ってることは全部言うから」

 

「わかってるよ」

 

一緒に帰ろうとは、言わないがなんとなくこのままの二人とも家に帰る雰囲気なので無言で駅へ向かう。

 

社会人になり上京した姉にくっつく形でわたしも進学と同時に上京し二人で住んでいる。

 

「一緒に帰るなんて久しぶりだね」

 

繁忙期以外は定時で寄り道することなく規則正しく帰宅する姉と、不規則な生活を送るわたしの帰宅時間が同じになるのは今年に入って二回しかない。ふらふら遊び歩いている方が言えるセリフではない。姉は無言でわたしを見て、目線を前に戻した。

 

帰りの電車では二人とも無言だった。わたしはSNSのチェックと返信し、姉もたぶん誰かに返信したりしていたと思う。

最寄駅から家までも無言で歩く。わたしはスマホを見ながら姉についていった。

 

「ただいまー」

「……」

 

久しぶりに一緒に帰ったというのに一切会話のないまま家に到着した。

廊下からダイニングへと移動しながら姉がぱちぱちぱちと電気をつけていく。

明るくなり、家の中にある物が突然姿を現したかのように見えた。毎日見ているはずなのに見慣れない光景に感じる。

スマホが手の中で短く震えた。通知を開くとさっきのおじさんから不安そうなラインが8cmくらいの長文できていた。

 

【さっきの人?大丈夫ですよ】【そんなに仲良くないし】【あたしが何していようと興味ない子なんで誰にも言いませんよ】【今度、続き行きましょうね!】

 

 まだ少し不安そうなおじさんのラインがぽこぽこと届く。大丈夫だと言葉を適当に変えて返していく。

 

「夕ご飯、いる?」

 

部屋の真ん中で突っ立ったまま返信をしているとキッチンから姉の声がした。

 

「平気。もう食べた」

 

わたしの返事に姉からの反応はなく、部屋に静寂が流れる。

おじさんもようやく落ち着いてきたのか、バイバイのスタンプを押してやりとりを終えた。

 

部屋着兼パジャマに着替えてベットでごろごろしながら、複数のSNSをチェックしていく。リプといいねを終えた後、アプリにきているメッセージに返信をしてバイト先のシフトを確認する。

「20:27」。スマホの上部に掲示されている時刻をふと見る。こんなに早く家にいるのはいつぶりだろう。今月初かもしれない。早い時間にベットで横になっていることに安堵を覚えると急激に眠くなってきた。うつらうつらと目蓋を開けては閉じて開けては閉じてをゆっくりと繰り返す。あーーーーーだめだ。これは寝落ちする。意識のあるうちに明日のアラームをセットしようと再びスマホを起動しようとした。

と同時に姉からのラインが入った。

 

【風呂空いたから。最後、換気してから出て】

 

そうだ。風呂。せめて化粧だけでも落とさなきゃ。と体を起こす。肌荒れを起こしやす肌質のため、どんなに疲れていても化粧を落とさず寝てしまうことだけはしない。部屋は足の踏み場もないほど荒れているが見た目はなんとか取り繕っている。

 

ダイニングを通った廊下の先に風呂場がある。途中のダイニングにあるソファに座って姉はスマホをいじっていた。おそらくわたしへのラインもそこから送ったのだろう。

お互い視線も合わせない。

 

わたしと姉は仲が悪いわけではない。かといって良いわけでもない。

姉妹そろって他人との関わりが希薄なだけで人嫌いというわけではない。少ないけど友達もいる。姉には。

わたしにはいない。というか、いなくなった。

バイトを優先して、副業もするようになったらますますお金を稼ぐことに忙しくなり、友達よりも優先して、あげく学校にも最低限の時間しか行かなくなって、ごはんも断ることが多くなったら自然と友達らしき人はいなくなった。

とにかくわたしにはお金が必要で、稼いだお金は彼以外にはあまり使いたくなくて、その他を削っていった結果が今である。後悔は特にない。というか選択肢はなかった。

そして、今ではわたしと会話をしてくれる同性は姉しかいない。

湯船に浸かりながら天井を眺める。立ち上る湯気と一緒に自分から離れていった人たちの顔が浮かんでは消えた。

 

 

 

 

 

 

またかーーーーーー。今度はさすがに怒られるな。こりゃ。どーしよ。

 

とは思うもののどうもしない。

前とは別の今回のおじさんは、悪びれるそぶりもなく腰に手を回したまま「お友達?」と訊いてくる。姉と言うと詮索されそうなのでいとこです~と誤魔化した。

 このおっさんはずうずうしいところがあるし、自身の行いに後ろめたさを感じていないので余計なことを言う前に一刻も早く姉と引き離したかった。どのようにこの場から去ろうか考えていたところ「忙しそうだし、じゃ」と姉の方から離れて行った。内心ほっとした。自分が姉の身を案じているのにも驚いた。

 

その後、いとこについて少し尋ねられたものの適当に嘘をついてやりすごし無事オプション料金をもらい、今日のおじさんと別れた。

なんだかんだで長引き、家に着いたのは0時前になった。

 

ドアを開けると廊下の電気がついていてダイニングも電気がついている。食卓の椅子に姉が座っていた。もう風呂は済ませたようだがあきらかにわたしの帰りを待っていた。

 

無言で部屋のドアを開け、背後から姉の「おかえり」という声を聴きながら閉める。部屋着に着替え、風呂に入るために再びダイニングを通って廊下の先の風呂場へ向かおうとした。

 

「あんたさ」

 

部屋からでてきたわたしに姉は間髪入れず声をかける。無視しようとしたがなぜか足が止まった。姉と向き合うようにして立ち止まる。

 

「好きでもないおっさんに時間使ってむなしくならないの」

 

わたしに対して無関心だと思っていた姉が気にかけていてくれるが意外だったので少し嬉しくなったが、説教かよ、という苛立ちが上回った。

 

「別に。短時間でお金稼げるし」

 

納得していない顔でふうん、と姉は小声でつぶやいた。

 

「好きな男がいるのに好きでもない男にカラダ触られてよく平気だね」

 

姉の言葉を聞いて、あぁこれが倫理観なのかと感じた。

わたしにとっては稼ぐ手段であり、彼らを客としては見るが人として見たことはなかった。何を言われても何をされても彼らの存在は身体からすり抜けていった。

わたしの中で存在として留まれるのは彼しかいなかった。自分から会いに行かなければ会えない、自分から料金を払わなければしゃべれもしない、「好き」と伝えても「ありがとう」しか返してくれない、プレゼントをあげ続けても返ってくることのない関係でもわたしにとっては大事な大事な好きで好きでどうしようもなくなる存在だ。

 

「自分の感情なんていくらでもごまかせるし、好きな人以外の感情なんてなんの問題もないから」

 

「好きな人のためなら、ね」

 

言葉とは裏腹に姉の下がった眉が理解に苦しむ、と言っているようだった。

 

そう、好きな人のためにできることはなんだってしたいし、可能なことならなんだってやる。彼のためにしたいことを最優先にしたいから自分の感情を配慮してる時間はない。むしろ彼が好きという感情以外は今のわたしにとってはいらないものだ。

彼が好き、それ以外なにもいらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少女革命ウテナ・21話 アンシ―の台詞より。